
クイズの賞品・賞金は豪華すぎるから、記念品程度にして、残りは寄付したらどうかといった投稿が、年に何回か新聞に載る。でも、紀元前の昔から「勝者にはほうびを」の風習だったし、TVの演出上“豪華”なものを出さざるを得ないだろうから、とやかく言わない。むしろ”豪華さ”を売るなら、現在の百万円までの規制は低いくらいだと思う。でも、クイズに出る目的が、一般に賞品や賞金目当てのように思われているようだが、決してそうではないことをぼくは言いたい。新聞や雑誌がクイズ番組紹介やクイズマニアのインタビューなどを載せると、決まって第一に書くのが、賞品や賞金について。“稼いだ賞金○百万円、海外旅行○回、ダイヤの指輪、電子レンジ、カーペット……部屋は賞品で埋まっている”こんな記事を目にした方も多いだろう。雄かに他人のサイフの中身には興味があるし、賞金や賞品が多いほど、一種のハクがつく。ぼくは何度となく、
「いくら稼ぎましたか」
「まじめに仕事するのがバカらしいでしょ」
「クイズでメシを食えばいいのでは」
「物を買う必要がないですね」
「ケチ」
「知識はあるけど知恵や常識がない」
「クイズに出て喜んでいるのはバカだ」
などと言われたことか。
76年9月のクイズ初出場から80年10月までの5年間に14回ほどクイズに出、5回優勝、二四六万八千円を獲得した(賞品は別)。月収になおすと三万九千円ほどで、こづかいにはなっても生活はとても無理だ。お金や物が目当てなら真面目に働くのに限る。
確かに最初は外国へ行きたいがために出場したが、すぐにその考えを捨てた。クイズの魅力は“ごほうび”ではないのだ。答える前の緊張感、答えた時の満足感、前もって予測していた問題が出た時、問題の途中なのに答えを言い当てた時、タッチの差で誰よりも速くボタンを押した時、そして優勝したその瞬間。これらがクイズの魅力であって、賞品、賞金は二の次三の次、四の次なのだ。見ている側としても、共にクイズに答え、次々に答えていく解答者に舌を巻いたり、逆に答えられない解答者に気をもんだり、誰が優勝するかハラハラしたりする楽しみがある。
知識クイズにはこれらの楽しみがあるが、このところ、カンと運だけでゲームが進み、賞金だけが目当てのような「物もらい番組」が増えてきた。出場前の調査や勉強、自己の能力に関係なく、運だけで勝負が決まっていくので、出たいとも思わない。見ていても、あんなことで物がもらえるのかとバカバカしくなる。そのバカバカしさも番組のポイントのひとつなのであろう。
賞品・賞金は種々の演出効果を狙って出すと思うが、物もらい番組の賞品は、まったくの広告である。東京キー局のいわゆるゴールデンタイムに15秒スポットを1回出すと、電波科だけで55万円かかる。ところが自社製品を賞品として提供し、性能や名前を一言ってもらえば、スポットCMを出すのと同じ効果があるうえ安上がり。しかも賞品をもらった出場者がワイワイ喜んでくれれば、その製品へのイメージも高まる。一回大仕掛けな舞台装置を作ってしまえば、ギャラのかかる一流スターを揃えたドラマなどより制作費ははるかに安くてすむ。射倖心をあおって視聴率があがれば、喜ぶのは局とスポンサーだ。
それに、もらったところでたったの百万円。当のTV局員のボーナス1回分ではないか。今や百万円は、花吹雪が舞って跳びはねるほどの額ではあるまい。豪華な賞品、多額の賞金をイメージづけるなら、五百万円は出すべきだろう。
物価がかわったように、視聴者のライフスタイルもかわってきた。それにもかかわらず10年前と同じように、海外旅行や家電製品が賞品の中心になっているのもいささか安易すぎはしないか。先日、あるクイズの予選アンケートで、「賞品に何が欲しいか」とあったので「一カ月の大休暇。その間スタッフがぼくの会社でかわりに働く」と書いておいた。親しいスタッフに対するジョークなのだが、実際には無理でも、演出でそれらしく見せることは可能だ。
もっともクイズで何回か海外旅行を楽しませてもらったぼくが、こんなことばかり書いていては石を投げられそうなのでここらでやめる。要は、クイズは賞品、賞金ではないことと、現在の賞品などの内容も考えものだということを言いたかった。
どうか「クイズマニアは賞金稼ぎ」と見ないでください(中には金の亡者みたいな人もいるけどね)。どうか、賞品、賞金をバラまくだけでない、クイズの魅力にあふれる番組を作ってください(お金を払ってでも出てみたい番組もあります)。だからこの本では、予選会でボールペンがもらえるとか、一問答えるといくらとか、そんな事柄については、特にやむを得ない場合を除いて書かなかった。
50万円以上には税金が
いい話ではないけれど、すべてのクイズについて言える、税金の話。
TVクイズでは、一回の最高賞金額は百万円までと公正取引委員会によって決められている。お金でなく、品物や旅行でも百万円相当までだ。このうち50万円までなら税がかからない“免税”、しかしそれを超えると、超えた分の10%が税金に取られてしまう。つまり70万円獲得したら、50万円を超えた20万円が課税対象となり、20万の10%、つまり2万円が税金で、手取りは68万円になる。同様に百万円獲得なら手取りは95万円だ。クイズに出るのは、お国のために働くことにもなっている。
アタック25のパリ旅行が、ぼくの初めての海外旅行だった。77年4月9日から16日までの、8日間の旅だが、出発日が近づくと、局から参加申込書や案内パンフが送られてきて、いやがうえにも楽しさが増し、出発が待ちどおしくてたまらなかった。
年に2回、優勝者だけのツアーを組むので、20人余のメンバーはTVでのおなじみさんばかり。羽田空港での自己紹介もスムーズに進んだ。この旅行最大の魅力は会ったことはないのに顔なじみという、不思議なメンバー構成にあったといえる。しかも同じ趣味の持ち主。機内でも話題にこと欠かず、早朝のパリ着、やっと人や車が動き出したひんやりとしたシャンゼリゼの石畳を歩くと、異国へ来た感激と達成した喜びがヒシヒシと湧いてきた。
クロワッサンとカフェオレのフランス式朝食をとったのち、バスで市内めぐり。どこ見ても絵になる風景で、本当にパリは美しい街である。
サマータイムか緯度のせいか知らないが、午後8時ころにならないと暗くならない。そのため、夜遊びのできること。ナイトツアーでエッフェル塔などが夜間照明で美しく浮かびあがるのを見たのち、飲みに出たグループもあるし、ぼくは同行の女の子と一緒にディスコに行った。
そんなことばかりしているものだから、睡眠時間は4、5時間。ロワール河の城めぐり一泊ツアーに出かける日は電話で起こされた。あわてて着がえ、バスにかけ込む。城めぐりはこのツアーのハイライトで、次々に訪れた中世フランスの古城は荘厳にして佳麗。折からの小雨が、時に悲しい歴史の事実も見つめてきた無言の石造りの壁を濡らし、雰囲気も満点だった。
シャンボール城近くのレストランで食事をしたが、サラダやウサギの肉やら、おいしいおいしい。厳粛に食事をし、皆、紳士淑女であった。夕刻、ツール市のシャトーダルティーニュという城を改造したホテルに入ったが、これがまたすごいホテル。各部屋のインテリアがすべて異なっていて、しばし、あっちの部屋こっちの部屋とかけ巡った。ぼくの部屋はバスルームが凝っていて、なんと8畳ほどある大理石張り。こんな部屋で入浴してよいのかと思うほどだった。
ホテルの食事はスーツ着用とのことだが、パリのホテルのメシがいささかがっかりだったので、こっちのホテルもたいしたことなかろうと、Gパンで来たら、これが大誤算。一生のうち何度食えるか(大げさだな)というほどの食事で、スーツを持って来ればよかった。女性陣も、ロングドレスにすればよかったと後悔していた。皆、王子様とお姫様の気分でした。
パリに戻って最後の晩は、キャバレーリドで食事をとりながらショーを見る。このテのショーを見るのも初めての体験だった。舞台がスケートリンクになったり滝になったり(ほんとに水がドドッと!)、びっくりであった。しかし夜10時ころから始まったし、日頃の寝不足のため、特に中年グループにこっくりさんが多かった。それでもメンバーの1人は舞台に上げられ、腹話術の人形役をやらされるなど、愉快だった。総じて、たいへん素晴しいツアーで、朝日放送に感謝してます。
このツアーは優勝者以外の代理人の参加は認められず、不参加なら20万円。余程の用事でもない限り参加をお勧めする。
(日程表、省略)
タイムショックは5週勝ち抜くか全問正解をすれば優勝し、旅行を含めて百万円がもらえる。
早飲み込みしてしまう人だと、5週勝ち抜いてたまっている賞金と、優勝してもらえる百万円と、さらに海外旅行の総計約二百万円相当の賞金をもらえると思い込みがちだが、これは間違い。優勝すれば、それまでの勝ち抜きで加算されていた賞金はパーになる。そして百万円相当の旅行の権利が得られるのだが、百万円以下の旅行なら差額は支払ってくれるから、損をするわけではない。おおむね50万円程度の旅行と残りは現金(小切手)になるようだ。税金分5万円が差し引かれるのはやむを得ない。
タイムショックは優勝者だけのツアーは組まず、個人的に団体旅行に参加してもらう形をとっているので、好きな時に好きな所へ勝手に行ける。でも、優勝した回の放送日より1年以内に行かなければ権利放棄とみなされてしまうので、77年11月に優勝したぼくは78年2月にアメリカ西海岸へ行った。この時の旅行代理店は(株)ヴィーブル。優勝したのだから、「おめでとうございます。当社には次のようなツアーがございますが、どれをお選びなさいますか」なんていうパンフレットが来るかと思えば大間違い。「ぼく、優勝したんですが、どんなツアーがあるんですか。パンフレット送って欲しいんですけど」と、こっちから電話したのだ。パンフの中から46万円と手ごろな「アフリカ・サファリツアー」を選んだが、参加人員が足りずにお流れ。で、22万円の「アメリカ西海岸、ロス・シスコの旅」があったので、友人を連れてこっちへ行った。金額が枠内なら同伴者を認めてくれた。カリフォルニアは年間三百日は晴れだそうだが、ぼくらの行った1週間は残りの65日に当たったらしく、ずっと雨。友人とはケンカばかりしたし、参加人員がたったの7名と、エライ旅だった。現在(80年1月)の旅行代理店はトラベルフジ。TVで「○○○へご招待」と言っていても、他の地区へ旅行してかまわないそうだ。
今さらハワイ旅行は夢でも何でもないが、63年の放送開始から70年の万博の頃までは「夢のハワイへご招待!」とうたっていた。これが耳の底にまだ残っている。
10問正解者なら小学生から大人まで、「ジャルパック、ハワイ6日間アイランダー・マウイ島コース」か「ハワイ6日間アイランダー・カウアイ島コース」並びにオプショナルツアーとして「サンセットセイル」と「シーライフパークとハナウマ湾」を加えた4泊6日の旅を楽しむ。ただし代理人の参加は認められない。つきそいで行きたければ同じジャルパックのツアーに規定科金で参加すればよい。録画日より14カ月以内に出発しなければ権利は失われる。
79年度までは優勝者だけでツアーを組んでいた。
80年は3月25日から30日にかけて別表のように実施された。出発直前には歓送会も開かれた。
78年の参加者の声を聞くと、
「自由行動日が少なくてあんまり泳げなかったワ。サーフィンもしたかったけど、危ないからって禁止されたの。アップダウンで優勝する人って、おじさんやおばさんが多いでしょ。あの人たちあまり泳がないのね」
しかし、ホノルルだけでなく、カウアイ島(78年はハワイ島へも行った。5泊7日の旅)にも立ち寄ったり、タヒチアンショーも見られる。
「いたれりつくせりの旅で楽しかったワ」とのこと。
79年のある参加者は、「78年が5泊7日だったので、そのくらいの日数かと思ったら4泊6日でがっかりしました。ちょっと短いですね。もう少し欲しい。前の年に夜遊びをした人がいるらしく、あまり夜遅くまで出歩かないよう注意されたけど、知的集団の族といった感じで、子供たちはトランプしてたし、若い人でもサーファーみたいな人はいなかったですよ。料理やホテルも一流だし、ショーも見られていい旅でした。こういった旅は一緒に行く人たちが良ければそれだけ楽しいですね」
80年は妹の洋子が兄を出し抜いて行ってきた。「もう少し日数が欲しいワネ。それと、ロート製薬にお礼状を出しなさいって、住所を書いた紙を渡されちゃった」
なお、80年度からは団体ではなく、優勝者個人個人でハワイへ行く方法になった。
(日程表、省略)
グランプリは放送する週によって、優勝旅行先が異なる(80年8月末から)。ヨーロッパウィーク、アメリカウィーク、中国ウィークなどと銘打って、その週のチャンピオンが、それぞれの国へ旅行できる。もっともポピュラーなのが昔からのヨーロッパで、2週間もの長いツアーは他の番組にはない。
80年11月に、この一年ばかりの優勝者によるツアーが行われた。優勝者本人が都合で参加できない場合は、代理人が参加できるし、所定の費用(50万円余)を払えば同伴者も認められるので、他番組より融通がきく。もし参加を辞退するならツアーキャンセルとして20万円がもらえる。旅行代理店は東急観光でご覧のような日程である。
ロンドン、ローマ、チューリッヒ、ハンブルク、パリと広くヨーロッパをまわるため、一都市の滞在日数は少ないが、ハイライトは網羅してあるから、初心者には最適のツアーだろう。
参加者に聞くと、ホテルは一流で食事もかなり良く、若い人中心の行動的な楽しいツアーだったそうです。
(日程表、省略)
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