常識をくつがえすおもしろさを“第1回”に見た
77年はじめ「史上最大ジャンボクイズ」という企画が生まれた。それは、日本全国から挑戦者を募り、アメリカ大陸を横断させつつ総計千問のクイズを出し、敗者は罰ゲームののち、日本へ強制送還。勝者のみが先へ進める。最終地はニューヨークで、優勝者“キング・オブ・クイズ”は信じられない賞品を受けとる−−という途方もないものだった。
罰ゲームの案には、
〈グアム〉
勝者は爽快なトローリングを楽しむ。
敗者は海に投げ込まれ、浮き輪につかまりひきずりまわされる。サメの群れが追いすがり……。
〈アトランタ〉
勝者は一流レストランでフルコース。
敗者はウエイターとして勝者にサービス、皿洗い。
〈ニューヨーク〉
勝者は豪華な賞品に囲まれ、ミス・アメリカがドアを開けて待つオープンカーで市内をパレード。そして美女の待つプレイボーイクラブでのパーティーに。敗者は恐怖のニューヨーク市警へ連行されブタ箱へ……。
この奇抜なアイデアに議論は続出したが、当初だれもがこのようなものが実現でき、成功すると思わなかったという。そして「史上最大! アメリカ横断ウルトラクイズ」と改題され、9月2日、後楽園球場でスタートを切った。
さて、前例のないクイズなのに、よくも全国から423名が後楽園まで来たものだと感心する。特に羽田での国内第2次予選は人を喰ったジャンケンであり、荷物をまとめて朝早くから集まった挑戦者のとまどいはかなりなものだったろう。その後のコースは、詳しくはウルトラクイズの本を読んでいただくことにして、
1、飛行機内(800問のペーパーテスト。40名が30名に。トップは712点、89%の松尾清三氏)
2、グァム・ヒルトンホテル前砂浜(○×クイズ。30名が20名に)
3、ハワイ・ヨット船上(一対一の早押しクイズ。20名が10名に。敗者は穴のあいている手こぎボートで空港へ。問題を予想以上に使ってしまい、スタッフは日本に電話して、四百問ほど送ってもらったとか)
4、サンジエゴ・シーワールド(世界一の大女、カーター大統領のそっくりさんなどを迎えての、インスピレーションクイズ。10名が6名に。敗者はシャチにキスされる)
5、フェニックス・砂漠(早押しクイズ。間違えると灼熱の下を走らされる。6名が5名荷。敗者は歩いて空港へ。そこへ車が来て乗ったはいいものの、銃でおどろかされ……ドッキリカメラでした)
6、ダラス・カウボーイランチ(早押しクイズ。5名が4名に。敗者は荒れ馬で空港へ)
7、ニューオリンズ・ショウボート上(音楽を聞いての早押しクイズ。4名が3名に。罰ゲームはサムライの扮装をして街を歩かせるなど、いくつか考えていたが、敗者の女性に泣かれてオジャン。後日スタジオで、おみやげと称してビックリ箱を渡した)
8、アトランタ・ストーンマウンテン公園(三択&早押しクイズ。3名が2名に。敗者はインディアンの襲撃にあい火あぶりに……?)
9、ニューヨーク・PANAMビル屋上(早押しクイズ)
かくして、初代クイズ王の栄光は松尾清三氏(京都市・当時38歳)の上に輝き、準優勝は藤原(現姓五島)滋子氏(名古屋市・当時27歳)だった。この時の賞品はラスベガス郊外の土地一二二六坪で、その大地を踏みしめて歩く松尾氏の姿は印象的だった。実際にはいまだに(80年9月現在)氏のもとに真の権利書は届いていないという。が、楽しくTVを見られた。
ぼくはカーター大統領のそっくりさんや、各地の風景や、ニューヨーク上空を飛びまわるヘリコプターを見て驚愕。出場できなかったことを後悔し、何としても挑戦したいと思った。
“第2回”がぼくの人生を変えたようだ
さて、ウルトラクイズの第2回が実施されたのは78年9月2日。このクイズにかけたぼくの情熱は第1章にあるとおり。
後楽園球場でのO×クイズ、成田空港でのジャンケンに続き、
1、飛行機内(500問のペーパーテスト。トップは426点、85%のぼく)
2、サイパン・マイクロビーチ(O×クイズ。40名が20名に。敗者は手こぎ舟で空港へ。合格者のうち13名は、敗者復活戦カルタ取りクイズで生き返った人々)
3、ハワイ・カピオラニパーク(フラダンスなどを見ての記憶力クイズ。20名が10名に。敗者は輪タクをこいで空港へ)
4、サンフランシスコ・マリンワールド(インスピレーションクイズ。1名が脱落。敗者は象の下敷きに……!?)
5、レイクタホ・湖畔(リレークイズ。同一の問題に解答者が出るまでリレー式に答えていく。9名が8名に。敗者は顔にパイをベチャッ。水で洗っただけで飛行機に乗ったので、プンプン匂ったとか)6、リノ・サハラホテルのカジノ(ギャンブルクイズ。正解ごとにルーレット式の“幸運の輪”をまわし、その金額が6ドル以上になればOK。深夜3時の撮影だった。8名が7名に。敗者は雪が降ってないのにスキーをはいて空港へ)
7、デンバー・標高四千mのパイクスピーク(早押しクイズ。間違ったら服を脱いでいく。気温マイナス3度。7名が6名に。敗者はロバに乗って下山する途中、熊が現れるというものだったが放送せず)
8、シカゴ・グレートアメリカ(国際電話連想クイズ。挑戦者がヒントを出して、日本にいる家族に答えさせる。6名が5名に。日本は深夜で家族はブーブー。敗者は宙返りジェットコースターに。撮影のため2回乗り、もう1回撮ることになったら、敗者の女性は貧血をおこしてしまった)
9、バッファロー・ナイアガラ滝(早押しクイズ。5名が4名に。勝者は遊覧船で滝めぐり。敗者はカッパも着ず、しぶきのかかる所で手を振る。しかし勝者もびしょぬれ)
10、ボストン・古戦場(熱気球に乗ってのダウンアップクイズ。4名が半分に。敗者はそのまま気球に乗ってふんわり。秋景色がきれいで最高の罰ゲームだったそうな)
11、ニューヨーク・PANAMビル屋上(早押しクイズ)
当時24歳の私メが優勝し、港区の間下友美子氏(当時27歳)が準優勝だった。
賞品は家族2名をニューヨークへ呼ぶというもので、母と、成田のジャンケンで負けた妹がやってきた。そしてセントラルパークに面している最高級ホテル・エセックスハウスの、これまた最高級の部屋・ウェリントン卿の間(一泊千ドルとか)に2泊した。
ウェリントン卿お気に入りという、牛肉をパイ皮で包んだ料理も食べ(撮影してたので充分食べられなかった。放送ではカットされたので、もっと食べればよかった)三人一度に寝られそうなベッドで寝た(もち、一人で)。
人からは「君の時の賞品が一番いいね」と言われるけれど、やっぱ、そうみたい。
“第3回”にもなるとすっかりお茶の間に定着
79年8月26日の後楽園がスタート。成田でのジャンケンもおなじみになった。
1、機内(400問の三択クイズ。50名から40名に。トップは329点、82・2%の岩崎悠一氏。敗者は成田空港に点数が掲示され、恥のウワヌリをした)
2、サイパン・マイクロビーチ(O×クイズ。40名が20名に。敗者はホテルに泊まれず砂浜でキャンプ)
3、ハワイ・船の上(一対一の早押しクイズ。20名が10名に。敗者は海へドボン)
4、ロサンゼルス・ナッツベリーファーム(インスピレーションクイズ。10名が8名に。敗者はハヤリのローラースケートで空港へ)
5、グランドキャニオン・崖っぷち(早押しクイズ。8名が7名に。敗者はロバと共に渓谷を通って街に出る。すぐ下にヘリが迎えに来ていたが本人はマジに歩いて行ってしまい捜されたとか)
6、ツーソン・オールドツーソン(ヘリコプターからバラまかれたクイズ用紙を拾ってきて答える。7名が6名に。敗者は悪漢にさらわれオリに入れられた)
7、サンアントニオ・アラモとりで前(早押しクイズ。6名が5名に。敗者はハルピニオンというとてもからい、メキシコ科理を食べさせられた)
8、ヒューストン・樫の木牧場(動物をゲストにしてのインスピレーション&早押しクイズ。5名が4名に。敗者は世界一の大ブタと共にトラックで空港へ)
9、マイアミ・マイアミビーチ(タイヤをひきずって、早押しボタンまで走らなければならないリタイヤクイズ。別名タイヤドクイズ。4名が3名に。敗者は荷物を持ったまま海へ)
10、ワシントン・ホワイトハウス前(答えたら他の1人の解答権を封じることのできる封鎖クイズ。3名が2名に。敗者はわざわざバラまいたゴミを囚人服を着て拾う)11、ニューヨーク・PANAMビル屋上(早押しクイズ)
3代目の栄誉は宗田利八郎氏(福島県棚倉町、当時29歳)が得た。準優勝は田上滋氏(京都市、当時18歳)。宗田氏はダラスで競走馬一頭を賞品にもらった。
これは年に一度のぼくたちのお祭りなんだ
もう今年で辞めよう、もうこんなことからは手を引こうと思いつつも、6月の募集になるとそそくさと応募してしまう。後楽園の電光掲示板に、正解が出る瞬間がたまらないんだなあ。
第4回は80年8月17日から。
1、後楽園球場・国内第一次予選(O×クイズ。二七○七名が100名に)
2、成田空港・国内第二次予選(ジャンケン。100名が50名に。さらに敗者50名でクジ引きをし、1名が復活)
3、グアムへの機上(400問のペーパーテスト。51名が40名に。一番成績の悪かった者は途中のサイパンで降ろされた。トップは360点・90%のぼく)
4、グァム・砂浜(O×ドロンコクイズ。40名が20名に。不正解者はドロの中へつっこむ仕掛け。私メも犠牲になりました)
5、ハワイ・ウィンドジャマー号上(一対一の早押しダイビングクイズ。20名が10名に。船上からつき出たボードの上に正座してのクイズ。敗者はそのままドボン)
6、サンフランシスコ・ピア39(5人ずつに別かれてのインスピレーションゲストクイズ。10名が9名に。敗者はアル・カポネも幽閉されていた刑務所のある、アルカトラス島へ連行された)
7、ソルトレークシティ・グレートソルトレーク(バラマキクイズ。9名が8名に。敗者はアクロバット飛行機に乗せられた)
8、イエローストーン・オールドフェイスフルガイザー前(早押しクイズ。8名が7名に。敗者は4人乗り自転車にクマなどを乗せて空港へ)
9、コロラドスプリングス・ブラッドムーアアイススケート場(早押しクイズ。まちがえたらハダシで氷の上を走る。7名が6名に。敗者は冷凍車で運ばれた)
10、アルバーカーキ・インディアン村(馬乗り早駆けクイズ。インディアンと馬に2人乗りし、答えがわかったら馬を走らせてもらい、数m先のゲートの白人人形をハンマーでなぐって早押しとする。6名が5名に。敗者はインディアンにのろいをかけられ馬に乗せられ砂漠へ消えていきました)
11、ニューオーリンズ・スーパードーム(早押しタッチダウンクイズ。5名が4名に。答えがわかったらフットボールの要領で走り、40ヤード先のゴールにタッチ、早押しとする。敗者は乗用車にギューづめになる。これで勝ち残っているのは女性だけになった)
12、プエルトリコ・サンファン(3点先取通過クイズ。4名が2名に。3問答えたものに対しクイズが与えられ、それに正解すればニューヨーク。敗者は一人が赤ちゃん、もう一人が妊婦の格好をして目抜き通りを歩いた)
13、ニューヨーク・PANAMビル屋上(早押しクイズ)
ウルトラクイズ初のクイーンが生まれた。上田由美氏(千葉県、当時22歳)で、準優勝は松澤典子氏(東京都、当時20歳)だった。賞品は組み立て式小型飛行機。
(日程表、省略)
必勝法はないかと聞かれると困ってしまう
参加資格は、
1、18歳から45歳までの心身ともに健康な男女。
2、有効なパスポートを所持する者。
3、申込書の書式がすべてととのっている者。
で、過去の参加者も臆せず応募できる。パスポートのほかに、必然的にアメリカのビザも必要になるから、これも取っておいた方がいい。
必勝法は……95%以上が運だろう。特に、後楽園やサイパン、グァムでのO×クイズは、一問でも間違ったらアウトだ。これに全問正解して生き残るのは至難のワザ。ある程度まで先へ進めば、第4章に書いたような方法で、努力次第でかなり居残れる。普通のクイズ番組ではキチンとした予選によって人を選び、実力差のないよう配慮をするが、ウルトラクイズは運さえよければだれでも予選合格の可能性がある。そこで、先へ行くにつれ、実力差がかなり目立ってくる場合もある。だから第1章で紹介したようなクイズ問題集や旅行先のガイドブックをトランクに高めて行き、現地で勉強したい。
しかし、何も知識があればよいクイズ番組ではない。問題も、重箱のスミをほじくったようなものではなく、大局的なものを狙っているという。そこで知識のほかにも体力とツキ、そして何よりも「絶対に勝ってやる」意気込みを持ちたい。
また、成田のジャンケンだが、これは気迫で相手をおさえこむこと。それに、ジャンケンはもっとも単純なかけひきのゲームだから相手の手の内を読むことだろう。
挑戦者同士は、TV画面では互いに敵なのだが、実際はすぐに連帯意識が生まれ、その結びつきは一般の海外ツアーなどの比ではない。ぼくたちは夜、ホテルの一室に集まり、問題を出し合って翌日のクイズに備えた。その中の誰か一人が落ちるとわかっていながら……。放送終了後のスタッフとの打ち上げパーティーで、ぼくたちがスタッフに同形式のクイズを出したのも楽しい想い出である。
第3回のメンバーはアラモアナクラブ(ハワイで泊まったホテルの名をとった)を結成し、今もよく会っている。旅行中はトランプをしたりバカ講をしたりで、スタッフから「少しは勉強しろ」とおこられたそうだ。
第4回のメンバーも仲間意識が強く「敵はスタッフ」だったとか。毎夜トランプの大貧民をして、これで落ち込んだ人が翌日の敗者になったという。彼らはウィンドジャマークラブを結成した。
参加者同士がこれほど仲良くなれるのも、ウルトラクイズの魅力のひとつだ。みんな翌年もつるんで参加して、つるんで後楽園で落ちるのがいつものパターン。過去の優勝者の姿を見つけても、ついて行かないほうが身のためよ。
さて参加の心構えは、「タダで海外旅行へ行けるから」ではダメ。仕事をする気で行くべきだ。毎朝暗いうちから起こされ、クイズをするか、移動をするかの日々。充分な観光のゆとりなどない(スケジュール表参照=省略)。わずかな時間を利用してホテルのまわりをうろついたり、クイズ終了後会場である公園や遊園地をブラブラする程度。それはそれで楽しかったけれど、あそこへ行って何を見て……と、個人で旅行するような気で行ったらがっかりするだろう。行動の制約もあり「ホテルの外へ出ないように」「家族と連絡をとらないように」「(クイズ会場になる)砂浜へは行かないように」など、きびしい。
また、いろいろなことをさせられるから、それに抵抗を感じない若い気持ちでいること。様々なクイズが展開されるが、何をするか直前まで全く知らされない。わずかに「水着ではない軽装で来てください(第4回のグァムで、女性はスカートでなくスラックスかGパンで来てください(第4回のアルバーカーキなど)」「とにかく寒いので、なるべくたくさん着て来て(第2回のデンバー)」「女性はパンストをはかないで(第4回のコロラド)」といったクイズの前の指示から、何があるのか推理するだけだ。そして、落ちるかもしれない不安感と超ハードスケジュールから、精神的にも肉体的にも疲労が激しい。医師も同行するが、体の弱い人は遠慮した方が無難だ。
それに先へ行くとか、帰るとかはクイズ次第であり、個人の自由にはならない。仕事や学校を休んでもいいように、渡航前にキチンとしておくこと。よくあるのが「どうせハワイ程度までしか行けないだろう」と、一週間くらいの休暇しかとらずにやってくる人。勝ってしまえばイヤでも先へ行かされる。逆に「一週間しか休みがとれなかったからサ。ハワイでワザと負けるから、オレの相手になった人は先へ行けるヨ」なんて人もいる。こういう人たちには困りものだ。最後まで挑戦するつもりで準備するべきだ。何千人もの負けた人たちがいるのだから。
ニューヨークなんて金を出せばいくらでも行ける。物見遊山気分でなく、クイズに参加してスタッフと共に番組を作るのだという意識が欲しい。先へ進むにつれ、挑戦者同士で「オレたちは日テレに利用されているにすぎないな」といった自嘲が毎回出る。利用されているには違いないが、その中で自分なりのものをつかんでいきたいと考えている。人生観をかえるような大きなもの、ウルトラクイズにはそれがある。
最後に賞金はまったく出ないし、賞品もTVでの演出効果を狙ったものなので現実的なうまみに欠ける。よってそれらが目当てだったり、タダで海外旅行をしたいなんていう安っぽい考えの人はいざ出てみると驚くことだろう。
スタッフサイドの話を聞いてみたら
担当の佐藤孝吉プロデューサーによると、単なるクイズ番組ではなく、ヒューマンドキュメンタリーを狙っているとのこと。普通のクイズ番組は、出場者は単調なアンサーマシンにすぎないけれど、ウルトラクイズでは見事に「人間」として描かれていた。むしろクイズというものを使って、人間の内面を引き出していると考えてもいいだろう。
ウルトラクイズをマネた番組がいくつかあるが、それらは単に表面的な、奇抜さや残酷さ、ドタバタなどをマネたにすぎず、真のテーマに触れてはいない。それゆえ見せかけだけの軽薄なものになっている。その点ウルトラクイズはホットで人間味あふれる素晴らしい番組で、参加できて本当によかった。
さてTVでは、挑戦者がたいへんなのはわかるが、現実にはスタッフのほうがもっとたいへんである。あのロケーションの煩雑さを知っていれば、ゴロ寝をしてTVを見るなど、無礼でできない。USTSニュース誌などより、苦労話をさぐってみる。
ロケ地は周辺状況、方角、交通の便、ホテルからの距離、電源の有無、雨天時の避難場所などすべてを調べたうえで決定する。PANAMビル隣の、エンパイヤステートビルからのラジオ電波が障害となり苦労したとか。目に見えないものまでチェックする必要があるのだ。
ロケ地は国立公園や名所、遊園地が多いが、一般観光客に対する保険など、細かい配慮を条件のもとに撮影許可がおりるので、ナイアガラでは三千五百ドル、グランドキャニオンでは七千ドルの保証金が必要だった。
スペシャルゲストはギネスブックなどから選ぶが、折からのギネスブームで、他局と取り合いになる始末。一方、目でビールびんの栓を抜く男は、出演交渉したが、彼の上司の許可がおりずボツになったそうだ。やっと獲得したゲストも本番まで挑戦者の目に触れないようにしなければならない。会場の準備ができるまで、ぼくらはさんざん待たされた。そして会場に入っても、場面変わりでは目かくしをさせられた。
勝ち抜き制のため、敗者が決まるまで問題を出し続けなくてはならない。ナイアガラでは決定するまでに100問以上も使ってしまい、用意してある問題数で足りるかと、スタッフは胃が痛くなったそうだ。放送ではかなりの部分をカットし、編集してある。トントン拍子で進んでいるように見えるが、実は膨大な時間がかかっている。
収録の合間には、各チェックポイントに合わせて用意してある問題を、組み直したり、持参したガイドブックや広辞苑から現場で問題を作るなど、寝るヒマもない。クイズの方法も、日本や現地で実験の上、実施している。
クイズに使う小道具や撮影機材、私物等を含めて100個以上の荷物がある。入国時に税関のチェックを受けるだけでもたいへん!。その後もクイズ会場−→ホテル−→空港−→飛行機−→次の空港−→ホテル……と、移動の繰り返しのため破損も多い。あのウルトラハットは予備を用意してあった。
また、誰が先へ行くか誰が帰国するか全くわからないのだから、並の旅行業務ではない。成田で渡航者が決まると、ツアーコンダクターは50名分のチケットに名前を記入。全員ニューヨークまでにしてある。現地で勝敗が決まれば、敗者を日本へ帰すチケットに名前などを記入し、再発行。現地から先の“余ってしまった”航空券は引換券にして払い戻し。ホテルの部屋は架空の名でとってあるからそれを変更するなど、煩雑を極める。
TVを見ると楽しい旅行に見えても、実際は挑戦者もスタッフもたいへんな苦労があるのだ。
ぼくは、このクイズに参加して、TVの見方が変わった。制作スタッフの名まで見るようになったし、この番組はどういう意図で作ったのだろうか、どういう方法で撮ったのだろうかといったことも考えながら見るようになった。そして、どんな困難な場合にも、常に前進しようとするアメリカンスピリット=ウルトラクイズスピリットをいつも持っていようと思った。
さ、TVの前にゴロンと横になっている人は起きあがり、起きあがったらハガキを書いてポストへ行きましょう。TVクイズの本当の楽しみは見ることではなく挑戦することなんですよ。できるとかできないとかは関係ないんたから! チャレンジするハートを、いつまでも大事にしようよ。その時に、あなたは確実に存在しているんです。
この本は、ヘドロの中から抜け出して、第2回ウルトラクイズで優勝、ニューヨークでとびはねたぼくの話から始まりました。そしてラストは第4回ウルトラクイズで負け、罰ゲームによって再びヘドロまみれになった姿で結ぶ結果になってしまいました。
でも、これでいいと思う。TVに映るたったあれっぽっちの中に、人生の縮図があるのがクイズだと思う。だからぼくは燃え、挑戦するのです。じっとしていてどうにもならないより、自分からぶっかっていき、それ相応の結果を得るほうが好きなのです。
この本の企画はかなり前からぼくの頭の中にありました。趣味でクイズを続けていくにつれ、どうも世間一般に伝えられているクイズと、ぼくの中にあるクイズが違っているのに気づきました。そこでぼく独自の物の見方でクイズをとらえ、今までの偏見や陰湿なイメージを払拭したかった。さらに今までに得た資料やノウハウなどを公開して、より多くの方々にクイズゲームを楽しんでいただこうと思ったのです。それが朝日ソノラマの御厚意により本の形になり、こんなうれしいことはありません。
原稿が遅れて一年以上もかかってしまい、編集部の藤石金彌氏には御迷惑をおかけしました。また、さまざまな形で多くの方々のお力を借りました。厚くお礼申し上げます。
この本の中には、新しくクイズをはじめる方はもちろん、ぼくよりはるかにクイズを知っている先輩諸兄にも新しい発見があることでしょう。敵に塩を送るどころか、スープもステーキも送ったようなものだから、読んでもらいたくない気分もあるのです。
それと、私事を多く書いたことをお詫びします。しかし自分の実体験を書くこと以上に説得力のある方法を、ぼくは知りません。資料を豊富に用いたのもそのためです。
それでは皆さん、スタジオで、TVでお会いしましょう。知っていることは全部書いたつもりです。どこかの番組でお目にかかることがありましたら、どうぞお手柔らかに。そして耳よりな話があったなら教えてください。
一九八〇年十一月三十日
==奥付==============
SPECIAL THANKS (敬称略)
日本テレビ/東京放送/フジTV/テレビ朝日/毎日放送/朝日放送/テレビ神奈川 の各番組スタッフ
菊池真知/北川洋子/小室周也/沢田寛人/杉山眞/宗田利八郎/松沢典子/松野このみ
制作スタッフ
レイアウター/飛沢喜代美
表紙デザイン/石坂啓
表紙イラスト/石坂啓
本文イラスト/北川宣浩
本文写真/各放送局提供、北川宣浩、北川洋子
筆者撮影/松沢典子
TVクイズ大研究 検印省略
昭和55年12月25日 初版発行
著 者 北川 宣浩
発行人 塩口 喜乙
印刷所 フォト印刷株式会社
発行所 株式会社朝日ソノラマ
(分)0276(製)005020(出)0049
{104 東京都中央区銀座4−2−6 第二朝日ビル
振替 東京2−40311 電話03(563)6021〜3}
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TVのクイズ番組を裸にした本!
数々の番組で優勝を続ける筆者が、自らの経験と頭脳であみ出した、本当は公開したくない、TVクイズ攻略のまる秘カリキュラム一挙公開!
北川 宣浩(きたがわ のぶひろ)
1954年東京都生まれ。獅子座。A型。東京都立大学工学部建築工学科卒。現在コピーライター。趣味はクイズ,イラストのほか,写真,鉄道,旅など。
パネルクイズアタック25,クイズタイムショック,クイズハッピーチャンス,第2回アメリカ横断ウルトラクイズ,クイズグランプリ特番 以上優勝。
0276-005020-0049 定価650円
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