2人で誓った世紀の対決……第8回/石橋史行


※コース概要
 1984年、11048人が後楽園に集まった。○×クイズののち敗者復活戦があり、パスポートの番号合わせで1人が復活。成田のジャンケン、機内クイズ、グァムのドロンコクイズと定食メニューをこなし、さらにグァムでは暁の奇襲作戦・敗者たらいまわしクイズ。
 ハワイでは朝メシ早食い綱引きクイズ。サンフランシスコではすっかりおなじみ双子神経衰弱クイズ。リノでは初登場大声クイズ。フェニックスでは時間差バラマキクイズ。ラピッドシティではラッシュモア山で先祖あてリレークイズ。
 ダコタへ来たのは8名。知力がものを言う早押しクイズ。インディアナポリスではF1レース場でジョギングクイズ。キーウェストでは早押しダブルチャンスクイズ。バハマでは人類初の海底早押しクイズ。
 準決勝はフィラデルフィア。インディペンダンスホール前での通過クイズ。そしてニューヨーク決戦。賞品は組み立て式自動車だった。



■友と2人で
 僕は以前からクイズが好きでしたが、ウルトラクイズに挑戦したのは第4回からでした。その時は後楽園の3問目、「バナナには種がない、○か×か」という問題に間違えて途中で失格。しかしウルトラクイズのはかりしれない魅力に、すっかりとりつかれてしまいました。その後は毎年参加しましたが、第5回、6回、7回と、いずれもゲートの自由の女神にちなんだ問題にひっかり、グラウンドにも降りられないありさま。初挑戦ではグラウンドに降り、次からは3回連続で降りられなかったのですから、その失望たるやたいへんなものでした。
 ところで第八回の決勝を争った宍戸浩明君とは前からの友人で、第5回〜第7回までの3回とも一緒に後楽園に参加し、一緒に落ち、苦汁をなめあっていた仲なのです。彼と僕が知り合ったのもウルトラクイズが関係しています。それは「八王子横断ウルトラクイズ」。応募が地元の新聞にしか載らなかった、ましてやテレビの中継などない、200〜300人位しか参加者がなかったまったくの地元のイベントなのですが、二人とも学校の関係で八王子に住んでいたからこれに参加できたのです。それでも優勝すると賞金50万円。その時優勝したのが僕で、準優勝したのが宍戸君だったのです。対戦が終わってから、今度は本当のウルトラクイズに出よう、せめて後楽園は突破しよう、そして突破できたらニューヨークをめざそうと誓い合いました。実際、それ以後ウルトラクイズには2人で参加しました。けれどまさか本当に2人で後楽園を突破し、そして2人で決勝を争うとは夢にも思いませんでした。

■ようやく国外脱出
 今年こそ、と思って参加した第8回。第1問目は「ニューヨークの自由の女神と上野の西郷さんの銅像は同じ方角を見ている、○か×か」というものでした。自由の女神が向いているのは南南東の方角であることは、第6回のゲート問題でわかっています。だから上野の西郷さんがどちらを向いているかわかれば、この問題は容易に解けるはず。そこで、入場締切までまだ時間があったので、僕と宍戸君は国電(現E電)で上野まで行き、西郷さんの銅像を確認。西郷さんは確かに南南東の方角を向いていました。西郷像のまわりには、駆けつけた挑戦者でいっぱいで、考えることはみんな同じと思いました。
 そこで自信を持って○の三塁側へ入場しました。この第8回の後楽園では一つの趣向があり、いきなり賞品が発表になったのです。それはクラシックカー。過去のクイズ王の皆さんのオープンカー入場と一緒に、賞品になる日本に1台しかないクルマがさっそうと入ってきました。確かにカッコはよかったけれど、免許を持ってない僕は、はっきり言ってクルマなんてどうでもいいと思いました。ウルトラクイズの賞品は、どうせひとくせあるに決まってるし、ウルトラクイズの魅力は賞品よりも、なんといってもあのスケールのデカさにあるからです。
 さて、オーロラビジョンに正解の○が映されたときは宍戸君と抱き合って喜びました。なにしろ1問目突破は4度目の正直だったのです。
 その後の○×クイズは2人で力を合わせてトントンと勝ち進み、後楽園を突破できたときは、ついにやった!という気持ちと、通るときはこんなものかなぁという気持ちが入り交じったものでした。
 さあ、いよいよ成田空港です。当時僕も宍戸君も学生でしたから、楽に休みをとって空港へ。ジャンケンは、チョキ、グー、チョキと出して3連勝。宍戸君も勝ち残り、2人の夢は一歩一歩近づいてきます。いや、まだまだこれからでしょう。
 機内ペーパークイズは過去に他のクイズ番組で優勝していたこともあり、落ちるとは思っていませんでしたが、タラップを降りるときはさすがにドキドキしました。それでも堂々の2位。宍戸君は3位。1位は第5回でメンフィスまで行った道蔦岳史君でした。
 グァムでのおなじみドロンコクイズ、暁の奇襲作戦・敗者たらいまわしクイズを順調にクリアし、ハワイへと向かいました。翌朝、スタッフからは朝食の時間だけは指定されましたが、クイズの指示は特になく、みんなそろっての朝食になりました。恰幅のいいウェイターのおじさんや、かわいいウェイトレスの女の子が、愛想よく料理のオーダーをとります。やけにサービスがいいな、さすがウルトラクイズの挑戦者ともなると待遇が違うなと喜んで、いろいろ料理をオーダーしました。けれど、そのうち、カメラとマイクを持った福留さんが入ってきました。そして福留さんはいかにもうれしそうな顔をして、
「オーダーした料理を、早く食べた人から有利になるクイズです」だって。
あーあ、ウルトラクイズは朝食までクイズのうちなんて。ここで行われたのは朝メシ早喰い綱引きクイズだったのです。僕は体格には自信がありますから、バリバリ食べていい位置につけましたが、身体の細い宍戸君もいい位置につけていてホッとしました。
 僕の問題では、相手チームの人が裏切って僕の方にまわって綱を引いてくれたため、簡単に解答権を獲得して、うまい具合に抜けられました。宍戸君も抜けましたが、機内ペーパークイズ1位の道蔦君が、オーダーのしすぎか僕のはるか後ろに位置してしまい、とうとうクイズの順番がまわってくることもなく、敗退してしまいました。後ろについて自分の順番が来るかどうかもわからないのに、僕たちのために一生懸命引っ張ってくれた道蔦君。本当は本格クイズで対戦してみたかったのだけれど、時の運もクイズの大切な実力の一つです。だからこの日の道蔦君は、問題を全然やらなかったけれど、ハワイを通過した12人に負けたことは、歴然たる事実と言わざるを得ないでしょう。


■新趣向のクイズで被害甚大
 第8回では新趣向やおもしろ企画のクイズがたくさん行われました。スコーバレーでの大声クイズも初登場のクイズの一つ。うっかりものの僕は大声のセリフを口癖の「忘れた!」にさせられてしまい、弱りました。帰りのバスには、クイズのゲストとなった笑いっぱなし長時間記録の2人が乗り込んできて、大騒ぎになっておもしろかった。
 フェニックスのバラマキクイズのあとはラピッドシティに。ここはさびしい街なのでびっくりしました。近くにある4人の大統領の顔が掘られているラッシュモア山で、ご先祖様リレークイズを行いました。ジェロニモ酋長とベーブ・ルースの子孫を当て、うまく抜けられましたが、はては孔子の子孫が出るにいたっては、よくも見つけてきた、本当かい!?とも思いました。ここでは宍戸君が大苦戦。慶応大学の落合篤也君との一騎打ちになってしまい、結局宍戸君の辛勝だったのですが、2人の涙に全員もらい泣き。重苦しいバンザイになりました。
 ダコタからインディアナポリスへ。今ではすっかりおなじみになったジョギングクイズになりました。体格に自信のある僕が自信のないのは走ること。こういう時は作戦で勝たなくてはなりません。3問先取でしたので一気に勝負を決めようとピッチをあげ、走り疲れないうちに一抜けすることができました。
 次のマイアミで行われたクイズは、誤答すると海に入って貝を拾ってくる形式でした。でも、普通の服でクイズ会場の海辺に行ったから、ズボンや靴はビショビショ。スタッフは、必死になって戦っていると見せる演出上、ズボンや靴をはいたまま海に飛び込ませてるんでしょうがね。水着を持ってこさせてるんだから、水着で来いと言えばいいのに。
 このマイアミあたりが、みんなの疲労のピークでもあり、ホテルで同室だった滋賀県出身の学生高根恵君は、スーツのズボンをはいたままベッドで寝てしまいました。彼はいっちょうらのジーンズがビショビショになって干していたため、ニューヨーク決戦用に残しておいたスーツのズボンをはいていたのでした。それで、シワになるので起こしてあげようとゆすったのですが、グッスリ寝込んで全然起きませんでした。そういえば今になって思えば、高根君はひょうきん族に出てくるMrオクレさんにそっくりだなー。スーツのズボンをはいて寝ている姿は、貧乏チャンのイメージにピッタリ。
 マイアミの次はアメリカを離れてバハマへ。スタッフからバハマは最高だぞと聞かされていましたが、まさにカリブ海の楽園という形容詞のとおり素晴らしいところでした。ウォータースポーツはなんでもできる、それでいてハワイのように俗化していない。さらにギャンブル場もある。僕はまだ独身ですけど、新婚旅行はぜひバハマへ行こうと思っていますよ。一緒に行ってくださる方はいませんか……。バハマのタクシーの運転手がやけに調子がいいので、「我々は日本の有名な俳優である」とからかったら、すっかり信じられてしまいました。今でも僕が行けば「ハロー アクター!」と愛想のいいタクシーが1台あるはずです。
 透明度世界一と言われているバハマの海は本当に澄んでおり、きれいなサカナが泳いでいてとてもいい気持ち。でも、潜ってクイズをするのにはびっくりしました。潜水帽をかぶっているため福留さんの声しか聞こえず、誰がどう答えているか全然わからないのは弱りました。それにクイズに間違うと、潜水帽の中の空気が30秒間止められるのも不気味なもの。しかも、バカげたことにスーツケースも海の中に持ってこさせたのですよ、スタッフは。ウルトラクイズは旅行をしながらクイズをしていることを強く印象づけるために、いつもスーツケースをクイズ会場に持ってこさせています。このときは船の上で中味を出してくれと言われ、意味がわからないまま中の服などをビニール袋に入れ換えましたが、まさか海に潜るとはね。そしてスーツケースの中に重しを詰めて海の中へ入れさせられました。海につけたスーツケースがその後どうなるかわかるでしょ。メタメタの使用不能となってしまいました。

■決勝の朝
 準決勝はフィラデルフィアの通過クイズ。先に宍戸君が抜けてしまい、これでは彼だけがニューヨークに行くかな、まずいな、とあせりましたが、高根君と内野君をかわして、僕が決勝に進出となりました。決勝戦は石橋・宍戸の対戦となったのです。
 フィラデルフィアからニューヨークに向かうバスの中、僕たちは長かった、しかも信じられないような結末を迎えているこの旅を、万感の思いを持って振り返っていました。思えば遠いあの日、八王子横断ウルトラクイズなどという地元のイベントで優勝・準優勝を分かちあった僕たちが、今本物のアメリカ横断ウルトラクイズで優勝・準優勝を分かちあおうとしている。せめて後楽園だけでも通過しようと4度も敗退したのにあきらめず、5度目の今、二人でニューヨークに向かっている。日が傾くころ、テレビで見慣れた、けれど初めて見るニューヨークの摩天楼が見えてきました。夕陽を浴びて金色に輝く摩天楼。チラッと隣に座っている宍戸君を見ると、心なしか彼の瞳にも輝くものがありました。僕たちは5年前の2人の誓いを、こんな最高の形で実現させたことを、誇りにも似た感慨でかみしめていたのです。
 僕は決勝戦の当日朝、ニューヨークのホテルでこんなメモを残しています。
「少し前に目がさめる。決勝の朝としてやはり胸の高まりがある。全力をつくし、勝つことを目標に、しかしあまり気負いすぎることなく自然体で、そして目と耳と指先は、獣のようにとぎすました感覚を持って臨みたい……」
 摩天楼の間隙を縫ってヘリコプターが飛ぶ。
(読者のみんな、あのシーンの音楽を頭に浮かべて読んでくれよ)
 決勝ではどちらが勝ってもいいと思ってました。8対2で僕がリードしましたが、八ポイント取るとかえってプレッシャーがかかり、なかなか次が答えられないものなのです。宍戸君はグングン追い上げ8対6までセリ上がってきました。やるな、宍戸。しかし僕ももう1問、9対6。けれど宍戸君もまだ食いつく。9対7。そして問題、
「ビートたけしが自分で絵を描き、幼年時代を語った本は何」
「たけしくん、ハイ!」
僕は大声で叫びました。ついにやりました、ウルトラクイズ優勝! 勝って僕がまっさきにしたこと、それは宍戸君との固い握手でした。僕が今ここにこうしていること、それはすべて宍戸君がいてくれたからです。僕が勝っても宍戸君が勝っても、それは僕たちの友情がウルトラクイズに勝ったのに違いないのです。
 いままで他のクイズ番組に優勝しても、ちっとも表情が変わらなかった僕を、友人たちは元横綱北の湖みたいだと言いましたが、その僕がいっちょ前に興奮しました。もう最高の気分でした。クイズの中のクイズ、ウルトラクイズに勝つって、こんなに気分がいいとは。自分自身でもあんなに喜ぶとは思っていませんでした。

■勝負とは
 優勝賞品のクラシックカーをいただきに、マイアミまで戻りました。けれど例によって組み立て式。組み立てるなんて僕の手に負えませんから結局手放してしまい、今は写真が1枚残っているだけです。けれど先日雑誌を読んでいたら、このクラシックカーの完成品が日本でも発売されるとか。完成品となると高価ですので、これまた僕の手に負えませんが、いずれお金をためて、この旅の記念に買いたいと思います。
 最後に、勝負に関しての僕の考えを述べて終わりにいたします。

 勝負は、常に勝つことが大切であり、第一です。もちろんそれが全てではありませんが、参加すればそれだけですべてがまっとうされるとは決して思えません。勝つことによって喜びを知り、次のなにかに進むことができ、また新しいものを得ることができるのです。負けるということは全てを失うことであり、それ自体にはなにも存在しません。ただ負けという事実をいかに自分のこやしとして還元し、どう吸収するかが大切です。それをすれば負けるということも尊い経験となりえるのです。それでも皆さんは、勝つことを第一に、全力をつくしてください。


こんな賞品なら欲しいっPART1

 ウルトラクイズの賞品には必ずオチがあるし、番組スケールにみとれてしまって、賞品はどうでもいいって読者も多いんじゃない? こんな意見が多かったからか第10回はオチのない?熱気球になったけど、あれだって中古品なんだぜ。そこで、こんな賞品なら絶対欲しいっ、ていうのを考えてみた。

1.ハワイの別荘
 日本の土地は狭くて異常に高い。それにもともと日本人は空間をゆったり使うとか、時間をじょうずに使うとかがすごくヘタな人種と思う。別荘も休暇を過ごす安らぎの地としてよりも、単なるステータスシンボルとしてしか思われてないんじゃないか。でもこの円高、そして国際化社会への参加が課題でもある今、ハワイの別荘は予算的にも番組のコンセプトからも無理でない、むしろふさわしい賞品と思う。まぁ、行ってみたらボロボロの建物で修理に金がかかるとか、満ち潮になったら海に沈むとかのオチは許す。

2.過去のウルトラクイズのビデオ全巻
 ビデオは今でこそ半数の家庭にあるらしいが、ウルトラクイズが始まった77年は、いまや全世界に1億台あると言われているVHSの1号機が世に出た年だった。だから第1回からのビデオが全部揃っている家なんて、まずない。そこで優勝者の優勝祝賀パーティの席で、過去10人のクイズ王1人1人から、昔のウルトラクイズのビデオが手渡されるのだ。
 でも待てよ、祝賀パーティが開かれるのはニューヨークだから、これではクイズ王がニューヨークに行きたいから考えついた賞品じゃないのかい?



クイズのメニューに戻る    前に戻る    次に進む